Prepared Mind

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    ブログ、書いていなかった理由(エピソード1)
    さて、つづき。

    【このまま垂れ流すのって、自分の中の何の為なんだろう?】
    そういう問いかけがある中で、ちょっと自分の小さな小さなお風呂の栓を久しぶりに閉めてみて湯船をためてみました。

    約一ヶ月、働き続けました。
    2月の頭くらいに東京に来て、アルバイトと言う形で春から働く会社でいろんな業務をしています。

    その会社はウイングルという会社で、一応「福祉」カテゴリにマイナビさんとかでは分類されている会社です。

    僕は全く福祉畑の人間では無いので、
    毎日起こることや知ることがすべて新鮮でした。


    まさに、「タブラ・ラサ(=初期設定では白紙で、経験によって知を得ていく)」の状態。
    この白紙の状態を一度たくさんたくさんためて見直してみたいなと思ったのです。


    自分がこの白紙の感覚を持ちうる年月はそうそうあるもんではない。
    良い意味でも、悪い意味でも「慣れ」がきてしまうなあと思いました。
    そこで、その白紙な感覚を俯瞰的に観察してみようと。
    ただただ素直にアウトプットするではなく、自分の中での意味づけをして発信しようという思いに至りました。



    「白紙」の感覚とその集積の強み
    白紙の感覚はそのままスペシャリティ(専門性、専門知識)がない人の率直な感想や疑問である。初めて生んだ子供が今まで接したこともない、自分の身の回りや思い描いていた”一般的な”赤ちゃんではなかった時、どういう反応・対応をするのか。

    本当は、生まれてくる子供一人ひとりに、普遍性とか一般性などは個性レベルで見たらないと思うし、あると断定する社会・コミュニティではあってはいけないんじゃないかと感じる。

    それでも、その周囲にいる人達の感じることは千差万別。
    「この子をどうやって育てていこう。。。」
    「◎◎なとき、どこに相談すればいいのだろう。」
    そんなスペシャリティがない人のための解決策って、きっと一番精通しているはずのスペシャリストは共感でき得ない。だって、その専門家にとっては当たり前のソリューションがあり、常套手段が無意識的にとれると確信しているから。

    「白紙」の感覚はそういうスペシャリティに依らない解を提示するときの重大なヒントになると思っている。もちろんこれはなにも今取り組んでいる事業とかにかかわらず何でも。

    職場の後輩の気持ちがわかる先輩とわからない先輩の違いはそこにあるだろうし、
    選手を育てるのがうまい名監督とそうではない薮監督の違いはそこにあるだろう。


    白紙の感覚を消費するではなく、あえて蓄積することで白紙の感覚のワールドを知る。
    それを通して、最適解やその提示方法に対しても思慮深くなるんじゃないかな。



    そんな感じで、今まで蓄積をしてきました。
    毎日感じるタブラ・ラサ的感覚を忘れまいと。
    そして、もう1カ月で今度はどんどん熟成させて消費していただこうと思います。
    周りの人や同期や、何より自分に。


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