Prepared Mind

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    (どんな心が)『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』なのか。
    実は札幌出身の5人組バンド、サカナクションのnew single「『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』」を聴いた。

    音源だけで聴いたときには、正直ここまでハマるとは思わなかった。
    「表参道26時」とか「夜の東側」とか「ナイトフィッシングイズグッド」とか好きだから、夜シリーズね、はい。って


    こんなに夜について歌っているバンドってなかなかいないんじゃないか。
    そして毎回夜の視点が違う。


    今回の『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』は、いちろーさん曰く、恋愛や仕事、人間関係など、誰もが目の前に抱えている悩みを歌った曲、だという。


    歌詞はすごく含みがあって、なにが、"せい"なのかというと、"こんな心"という一応のこたえは用意されている。んじゃあ、その”こんな”について。



    シンプルに、昔のことをふと思いだして、その時の思い出を思い出して”しまっている”心
    だと思う。


    月に慣れた僕がなぜ 月に見とれたのはなぜ
    歩き出そうとしてたのに 待ってくれって服を掴まれたようだ

    とかね。
    ふと後ろを振り向いてしまっちゃったことなのかな。


    忘れてかけてたのになぜ 忘れられないのはなぜ
    歩き始めた二人 笑ってる君の顔を思い出したよ


    うん。


    バッハの旋律が過去の思い出とどうコネクトするかはわからない。
    そこは別に問題ではない。

    誰しもそういうトリガーってあるんじゃないかな。


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      13:51 | 論。 | comments(0) | trackbacks(0)| - | - |
      欲は、善だ。


      やっと見ました。
      1987年の大ヒット作、Oliver Stone監督の『ウォール街』。
      最近、その続編『ウォール・ストリート:マネー・ネバー・スリープス』が公開されたから聞き覚えはあると思う。


      Michael Douglas演じるGordon Gekkoは凄腕の投資家で、会社の乗っ取りのためにいろんな手段を使う。上昇志向のある証券マンであるBad Fox(Charlie Sheen)は持ち前の頭脳と行動力でGekkoに取り行って大金を手にしていく。


      タイトルのGreed is good.(欲は善だ。)は、テルダー製紙という会社の株主総会にて、”物言う株主”であるGekkoが株主として発言するときのセリフ。


      Greed is right.
      Greed is good.
      Greed works.

      迫真の演技で迫るGekkoのセリフは、まるで本物の敏腕投資家を見ているみたいだった。



      株主としてのGekkoの言動は、原理に忠実でひどく正しい。
      と、思う一方でそれがどのくらいのスパンで正しいことなのか(どのくらいの帰還、正当性が担保されているか)、どれくらいの範疇の人間にとって正しいのかは、不明瞭。

      少なくとも、Gekkoにとっては全体にとってのプラスサムを産み出そうと経済活動はしていないだろう。

      続編では、インサイダー取引容疑で逮捕されたGekkoが釈放されるシーンから始まるらし。
      DVDゲットしたらみようっと!


      ▼演説の全文。
      The point is, ladies and gentlemen, that greed is good. Greed is right. Greed works. (皆さん、こういうことです。貪欲は善です。貪欲は正しい。貪欲は役に立つ。
      Greed clarifies, cut through, and captures the essence of the evolutionary spirit.(貪欲は物事を明確にし、道を開き、進化の精神の神髄をとらえます。

      Greed in all of it’s forms, greed for life, for money, for love, knowledge, has marked the upward surge of mankind―and greed, you mark my words, will not only save the Telder Paper but that other maltifanctioning corporation called the U.S.A.―thank you very much.すべての貪欲さが、生命欲、金銭欲、愛欲、知識欲が、人類の進歩を推し進めてきました。そして貪欲こそ、見ていてください、テルダー製紙を救うだけでなく、株式会社U.S.A.を救うのです。ご静聴ありがとうございました。)

      ▼Greed is good.の名言を演説するシーン。
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        18:59 | 論。 | comments(1) | trackbacks(0)| - | - |
        ハッピー論、その2。
        あまやんのコメントが気になったから、記事で返答。
        その1が昔に書いてたらしいので、その2。

        以下、あまやんのコメントと僕の考えたこと。

        ねーねー。
        歯を食いしばってまで何をそんなにがんばりたいの?


        幸せになるためなら、
        幸せってゆってれば何もしなくても幸せになれるのにって思っちゃうんだ。



        自分の中で、この矛盾が解消できない><


        苦しい思いまでして、何かを成し遂げるのがいいのか
        その辛い間は、幸せを感じる時間を減らしているわけだから、なくした方がいいんじゃないかとか


        えのちゃんはどう思う?
        っか、なんとなくでも伝わってる?


        幸せになるために、は、を考えるために「個人の幸福論は人の数だけ存在する。」っていう前提があることを理解して置かなければいけないと思うんだ。(もちろん、この前提すら心理臭く見えるけど完全に主観的な意見。)


        完全に脱線するけど、この”人それぞれ”ってのが厄介でもあるし、一応の妥協案でもあるし、究極の答えでもあると思う。だって、ヒトっていう種は他の生命体同様2倍のコストを払って性を手に入れた多様性を進化論的に求めている生物だから。



        俺は、「ハッピーだった」って言って死ねるのが”最終的な”幸せだと思ってるし、
        ”中間的な”幸せ(つまり、幸せを感じながら生きて行く、というフェイズ)としては自分の周りの人を幸せに、というか守りつつ楽しめたらって思うの。


        でも、念じるだけでそれが達成できるくらい簡単じゃないと思うんだ。
        20年そこらしか生きていないから人生語るほどできてはいないと自覚しているけれども、それでも何かを得るには何かを捨てなきゃいけないことはたくさん実感した。



        だから、頑張るんじゃないのかな。
        一見楽しいかもしれないけど、後には何も残らない見かけの楽しさを求める時間を捨てて、あとで得られることを確信できる確実な幸せのために実行する努力をする。


        あまやんの言うように、現状に満足していることもその人にとっての幸せ。
        全然肯定できることだと思う。

        僕は現状に満足できないから、幸せはまだ先にあるとおもう。


        でも、一方で今を不幸せと思っていない。
        幸せだと思っているよ。


        そういうことじゃない?



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          10:12 | 論。 | comments(2) | trackbacks(0)| - | - |
          シューカツ、シューカツって。
          大学院に行く、って決めてるから実質的に就職活動しているわけじゃないけど。
          世間は、身の回りは、いわゆる”シューカツ”一色。



          北大にもキャリアセンターってのがあるんだけども、合説やら業界研究やらいろいろやってるみたいだ。近くのホテルでもたくさん開催されている。


          そういえばースーツが友達で多くなったなーって思う。
          まぁ、農学部は90%が大学院に進むからそれでもまだシューカツはどこ吹く風、なんだけど。


          それにしても「服装自由」なんだから自由でいきゃいいじゃん。
          そりゃー、華美な服装やほんとに私服ってのはどうかとおもうけど。


          客観的にみたら黒酔いしそうになりそう。



          それから、「シューカツしてる?」の質問にはほとほと困る。
          いわゆるシューカツはしていませんが?って思う。


          いろいろサイトに登録とかして、
          合説とかいって、
          シューカツ本読んで、
          PCやらでカタカタ自己PR打って、って。



          でも1年の頃から大人の人(人事の人とか社長さんとか)とは話してきたし、それで十分とは絶対に言わないけれども、まずはそういうように大人の人にその人自身のキャリアラダーや哲学を学ぶのが先決だと思うんだが。OBOG訪問のが重要だと思います。いわゆる”シューカツ”風に言うと。ふん。(って感じ。)



          シューカツ、なめてるわけじゃないよ。
          むしろ、 って(外野で勝手に)思っちゃう日記ちゃんでした。




          あ、道理で。笑
          って思ったのは、mixiニュースのあの画像ね。笑


          そーだよねーって朝っぱらからひとりで納得してた。
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            06:46 | 論。 | comments(2) | trackbacks(0)| - | - |
            役割に関してなんかよい本ない〜!ぱちこ。
            役割(ROLE)ってのが人それぞれあると思うんだ。

            もともとは演劇の言葉で「仮面mask」とか「ペルソナpersona=personal(個人の、個人的な)」と同様に用いられていた。シェイクスピアも言ったように、「人生は舞台だ、人は皆役者にすぎない。」と『お気に召すまま』で表現している。

            したら人間はみな"演じている"のだろうか?
            自分の周りにいる友人も、家族も、自分さえも、
            "友人"を、"家族"を、"自分"を、演じているんだろうか。

            「演じる」の定義?
            社会的/パブリックなキャラクター作りや人間関係においても社会や集団から求められている役割りに対する期待感や責任感を対象者に察知させる。
            「ふり」とは違う。
            察知させた上で、それに沿った行為=演じる、ってことで考えている。


            そしたらさ、
            役割って、誰が/何が規定しているんだろう。
            規定している主語にくるものは何なんだろう。

            もちろん、社会や集団ってのは主語にくると思うんだけど。
            したら、その社会や集団はどうして個人に役割を与える/定義づける/植え付ける役割があるんだろう。

            鶏が先か、卵が先かの議論なんだけど。



            あーわかんないね。


            ってのもさ、いろんなコミュニティでひとそれぞれの役割りがあると思う。

            部活だったら「三年目」とか「TR」とか「困ったときに頼る」とか「あいつに相談できないことはこいつに」とか。
            社会的にも「男」とか「大学生」とか「東京にすんでいる」とか「劣等生」とか「お人好し」とか「人を引っ張る」とか。

            そういう役割りをわかった上で行動するのと、
            客観的に理解しないで行動するのってどっちが賢いんだろう。トータルで。


            もちろん、前者だと俺は思うんだけど。


            「それは自分の可能性の幅を狭める行為なんじゃない?」
            のんのん。
            別に役割り外の行為をしないなんて言っていない。

            役割りをわかった上でそれを敢えてぶち破るほうが、ちゃんと考えられていてクールじゃない?って思う。

            「守・破・離」とにてるかもね。
            指導者の教えを忠実に守り、
            それにアレンジを加えていき、
            最後は指導者の型を離れる。

            中村勘九郎もカンブリア宮殿で言っていた。
            「型破りとは、型のある人がやるから型破り。
             型がない人がやれば、ただの形無し。」


            ここでいう"型"ってのはある側面では"役割"に似ているんじゃないかな。

            自分の役割り=型が定着したら、また新たなイノベーションを提案していく。
            それが型破りであり、社会がハッピーになる役割に対する「期待感」であり、"離"であるんだと思う。

            ってことで、今後の方針は。
            • 自分の役割を分析し理解する。(これって、シュウカツで言うところの「自己分析」に似ている、と思う)
            • いつでもその役割が効果的に発揮できるフィールドに物事を持ってくる能力を身につける。
            • 他の役割に嫉妬しない。隣の芝生は青く見える。肝心なのは、見える芝生より自分の芝生をもっと青々とさせること。

            シェイクスピアも言っている。
            人生は舞台だ。

            「All the world's a stage, and all the men and women merely players.」
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              21:29 | 論。 | comments(0) | trackbacks(0)| - | - |
              ともだちだとか、しんゆうだとか。
              絶対的味方の記事を思い出した。

              これこれ。▼


              2月の自分によると、「親友とは絶対的味方」らしい。


              ちょっと、自分なりの友達の定義を確認すると。

              一緒になにかを楽しめたり、学べたり、笑えたりする人。

              定義自体はみんなそれぞれだから、ここに関してのツッコミもあるかもだけど、シカト。

              まぁ、一緒に生きていきたい、自分の人生に接点や交点が在って欲しい/在り続けてほしいって思う人が友達かなあ、と思う。


              んでんで。

              絶対的味方はそれとは違う次元。


              なんてゆーんだろうなぁ。
              心の支え?心の友?ジャイアンかい。
              うーん、ちゃんと言葉に出来ないのが辛いけど、犯罪おかしても味方(勿論、かくまってくれるとかではなくね。)で在り続ける人、味方だと信じれる人。じゃないかなあって。うん、それも一つだと思う。思います。そうですよね。


              そんな絶対的味方の方々には、僕もその人の絶対的味方になろうと思いますです。
              そして友達の方々には、僕もその人の"友達=一緒に生きていきたい人"になろうと思いますです。

              結局ぐるぐる結論ばしっとはでないけど、この辺で〜。
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                23:43 | 論。 | comments(0) | trackbacks(0)| - | - |
                まとまりのない組織論。
                折に触れて思うんだけど、組織ってムズカチイ。

                人がある理念や目的のもとに集まったら、それは組織だと思うんだけど、何が難しって「継続性」。

                • 共通の目的に沿って集まっていて、
                • ある目的を遂行・達成するために計画的に行動をし、
                • 成果をだす。

                ことが組織の成立条件だということは社会科学の一般的な「組織」の定義なのでそれを借りるとしよう。


                例えば部活だったら

                • アメフトというスポーツにおいて「打倒関東」を目指し、
                • 各試合に対して確実に勝利出来るように戦略をたて、限られた時間で何が出来るかを考えて、練習・ミーティングを重ね、
                • 各試合でしっかりと勝ち進む。

                みたいな。

                例えば学生団体だったら

                • WEBマガジンを発行してみんなにみてもらいたいから
                • 毎月一回更新出来るよう具体的な取材のノウハウを積み重ね、テクニックを磨き
                • 実際に取材、編集、発行を行なう。

                みたいな。


                わかりやすい構造。
                でも、現実的に組織を構成している人の気持ちはこんなに合理的には動かない。

                他のこともやりたい
                面倒くさい
                別の目的に価値がある
                ・・・

                いろんな理由でこの構造道理には遂行できなくなる。

                ここをどうにかする=「継続的」を確保することこそが、ドラッカーが開発したword、managementに他ならない。そして、そこから派生した組織論、マネジメント論、リーダーシップ論なんだと。




                肝心なのは全体の構造と、一人一人の気持ち、ステークホルダーの利害関係だってこともわかってる。
                分かってることを冷静に判断して適切に良い方向に導かなきゃいけない。
                リーダー(リーダーシップを発揮する人)は。
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                  22:35 | 論。 | comments(0) | trackbacks(0)| - | - |
                  エネルギー保存則。
                  エネルギー保存則ってあるじゃん。


                  あれと同じのっていろんなことに言えるんじゃないかな。
                  まあ、いろんな事に言えるから物理法則なんだけど。


                  mixiやってる人とブログやってる人とtwitterやってる人って体感で6割くらいかぶっていると思うんだけど、ブログのアクセス数のかわりに最近はtwitterのフォロー数だったり、アプローチが増えてきたと思う。


                  ひと昔前だったらmixiのマイミク数とかがmixiの一定のアクティブ指数だった。
                  同時期かちょっと後くらいにはブログのアクセス数やアメブロだったら読者登録数とか。
                  twitterだったらフォロー、リフォローの数。

                  多分この波はまた違う形になると思う。

                  どんな波になるかはわからないけど、日本でのユーザー数が劇的に変わらないのであれば、結局ひとの24時間というのも一定なのだし、twitterもいずれは・・・なーーんて思う。


                  あ、夜ランニングしてくる。
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                    23:43 | 論。 | comments(0) | trackbacks(0)| - | - |
                    モチベーションの科学。
                    モチベーションっていう言葉がある。
                    よく使われているよね。


                    日本語訳は「動機付け」。

                    人間がなにを動機として物事をおこなうのか、
                    どんなインセンティブで行動を成立させるのか。


                    ずっと科学されてきてかれども未だに科学され続けているし、おそらくこれからも科学され続けるのだろう。



                    それの典型がキャンドルプロブレム。





                    このビデオによると、以下のような二項対立が存在する。


                    外的動機付けVS内的動機付け
                    20世紀型VS21世紀型
                    マネジメント、アメとムチVS自主性・成長・目的
                    Encarta VS wikipedia

                    21世紀型の動機付けの例としては
                    アトラシアン社のthe FedEX DAY
                    googleの20 percent day
                    ROWEという方式などなど。


                    この二項対立が事実だとしたら、もう100年後の動機付けの方法は異なるものになるのかもしれない。可能性はある。その時代に即した事実っていうのが連綿と流れていくのがこういう学問の特徴なんだと思う。(物理法則や遺伝の”仕組み”自体は、見るべき視点がマクロ的な部分からミクロ的な部分、スタティクスな分野からダイナミクスな分野へと変化しているだけで何年経っても”真実”が変化しない)



                    これからも動機付けの科学は存在し続けるだろうし、それが経済学者や社会科学者達によって研究され続けると思う。



                    ただ、真実の事実は常に「在り」続けるのだろう。
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                      19:26 | 論。 | comments(0) | trackbacks(0)| - | - |
                      会議の意味。
                      久しぶりに内容のあるcamlifeミーティングだった!



                      学生団体のMTGとかって、なかなかマネジメントが難しいと思う。(部活とかサークルも含めて)

                      議題からどんどん脱線していっても誰も気づかなかったり、
                      決められた時間の尺の中である程度の議事の終着点を見いだせなかったり、
                      ファシリテーションがうまく成立しなかったり、

                      果ては、アジェンダが策定されていないってこともある。
                      「今日何話すんだっけ〜」って。



                      今日の朝活でもちょうど読んだ。

                      ドラッカーのマネジメントの一節だけれども、悪い組織の特徴を羅列していったうちの一つに「大勢の人間を集める会議を頻繁に開かざるを得なくなることである。(中略)理想的な組織とは、会議なしに動く組織である。」とあった。

                      組織の過渡期には会議は意思疎通の手段として必要だが、そうでないケースにおいて会議が形骸化してしまい、ただ空間をともにしているだけでとろくにコミュニケーションも取っていない様態である一定の満足感と達成感を感じてしまっては、なんのために時間を作ったのか意味が分からなくなってしまう。



                      いい会議って何だろうね。

                      ある側面では、意思決定を公式的・形式的に共有する場だろう。
                      またある側面では、ブレーンストーミングなどを通じて高度でクリエイティブなコミュニケーションをする場でもあるだろう。

                      なんにせよ、学生言うても限られた時間なんだから。
                      時間はちゃんと使ってパフォーマンス(=成果)を発揮したい。
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                        23:47 | 論。 | comments(0) | trackbacks(0)| - | - |